フィックの法則(フィックのほうそく、英: Fick's laws of diffusion)とは、物質の拡散に関する基本法則である。気体、液体、固体(金属)どの拡散にも適用できる。フィックの法則には、第1法則と第2法則がある。

この法則は、1855年にアドルフ・オイゲン・フィックによって発表された。フィックは拡散現象を、熱伝導に関するフーリエ (1822) の理論と同じように考えることができるとしてこの法則を与えた。

フィックの第1法則

第1法則は、定常状態拡散、すなわち、拡散による濃度が時間に関して変わらない時に使われる、「拡散流束は濃度勾配に比例する」という法則である。工業的に定常状態拡散は水素ガスの純化に見られる。数式で表すと、

J = D grad c {\displaystyle {\boldsymbol {J}}=-D\operatorname {grad} c}

あるいは1次元なら、

J = D d c d x {\displaystyle J=-D{\frac {\mathrm {d} c}{\mathrm {d} x}}}

となる。ここで、記号の意味は以下である:

  • J拡散束または流束 (flux)といい、単位時間当たりに単位面積を通過する、ある性質の量と定義される。質量が通過する場合には次元は[ML-2T-1]で与えられる。
  • D拡散係数 (diffusion coefficient)といい、次元は[L2T-1]
  • c は濃度で、次元は[ML-3]
  • x は位置で、次元は[L]

導出

1次元で説明する。区間 [ x , x a ] {\displaystyle [x,x a]} の間にある粒子数を N ( x ) {\displaystyle N(x)} とおく。粒子はそれぞれ独立に運動していて、時間 τ {\displaystyle \tau } 後に左か右に確率 1 / 2 {\displaystyle 1/2} で距離 a {\displaystyle a} 移動すると仮定する。区間 [ x , x a ] {\displaystyle [x,x a]} を右に通過する粒子数は

1 2 ( N ( x a ) N ( x ) ) {\displaystyle -{\frac {1}{2}}(N(x a)-N(x))}

となるから、流束 J {\displaystyle J} は微小な a , τ {\displaystyle a,\tau } に対して

J = 1 2 τ ( N ( x a ) N ( x ) ) = 1 2 τ d N d x a {\displaystyle J=-{\frac {1}{2\tau }}(N(x a)-N(x))=-{\frac {1}{2\tau }}{\frac {\mathrm {d} N}{\mathrm {d} x}}a}

となる。濃度 c = N / a {\displaystyle c=N/a} で書き換えると

J = D d c d x {\displaystyle J=-D{\frac {\mathrm {d} c}{\mathrm {d} x}}}

ここで、

D = a 2 2 τ {\displaystyle D={\frac {a^{2}}{2\tau }}}

である。 D {\displaystyle D} を定数としていることは、平均自由時間 τ {\displaystyle \tau } よりも長時間の時間スケールで運動を見ているということ(粗視化)を意味する。

フィックの第2法則

第2法則は、非定常状態拡散、すなわち、拡散における濃度が時間に関して変わる時に使われる。実際の拡散の状態は、非定常状態がほとんどである。拡散係数D が定数のとき、濃度c の時間変化は次の拡散方程式で表される:

c t = div J = D 2 c {\displaystyle {\frac {\partial c}{\partial t}}=-\operatorname {div} {\boldsymbol {J}}=D\nabla ^{2}c}

これは広義の連続の式と等価である。あるいは1次元なら、

c t = D 2 c x 2 {\displaystyle {\frac {\partial c}{\partial t}}=D{\frac {\partial ^{2}c}{\partial x^{2}}}}

記号は第1法則と同様である。

導出

第2法則は、第1法則から導く。第1法則で導いたのと同じように、単位面積の断面を持つパイプ状の物体を想定する。xx dx にはさまれた体積dx の部分の濃度をcとすると、その中の溶質の量はcdxと書ける。この時間的変化 ∂c/∂t dxを考える。 この時、x dx の境界を通して注目している領域に流れ込む溶質の量はJ(x dx)、この領域からx の境界を通して流れ出る溶質の量はJ(x) である。これより、

c t d x = J ( x ) J ( x d x ) {\displaystyle {\frac {\partial c}{\partial t}}\mathrm {d} x=J(x)-J(x \mathrm {d} x)}    ・・・(1)

ここで第1法則より

J ( x ) = D ( c ( x , t ) x ) , {\displaystyle J(x)=-D\left({\frac {\partial c(x,t)}{\partial x}}\right),}
J ( x d x ) = J ( x ) J ( x ) x d x = D ( c ( x , t ) x ) x x ( D c ( x , t ) x ) x d x {\displaystyle J(x \mathrm {d} x)=J(x) {\frac {\partial J(x)}{\partial x}}\mathrm {d} x=-D\left({\frac {\partial c(x,t)}{\partial x}}\right)_{x}-{\frac {\partial }{\partial x}}\left(D{\frac {\partial c(x,t)}{\partial x}}\right)_{x}\mathrm {d} x}

であるから、これらを式(1)に代入してフィックの第2法則が導き出される。

  • D が定数の場合は、
c t = D 2 c x 2 {\displaystyle {\frac {\partial c}{\partial t}}=D{\frac {\partial ^{2}c}{\partial x^{2}}}}
となり、比較的容易に解くことができる。初期条件および境界条件によって、いくつかの解がある。
  • D が定数でない場合は、
c t = x ( D c x ) = D x c x D 2 c x 2 {\displaystyle {\frac {\partial c}{\partial t}}={\frac {\partial }{\partial x}}\left(D{\frac {\partial c}{\partial x}}\right)={\frac {\partial D}{\partial x}}{\frac {\partial c}{\partial x}} D{\frac {\partial ^{2}c}{\partial x^{2}}}}
となる。D の関数形にもよるが、解くのは困難になる。

一般の場合

上記では拡散係数D は等方的な定数であるとしたが、より一般には、方向に依存し、濃度勾配と流束が平行であるとは限らない。この場合、D は2階のテンソル量となる。

拡散係数

アインシュタイン・ストークスの式

ガス分子などの分子拡散の場合、拡散現象はブラウン運動による説明ができ、拡散係数D は次式で与えられる。この式をアインシュタイン・ストークスの式(Stokes-Einstein equation)という。

D = k T B = k T 6 π η a {\displaystyle D=kTB={\frac {kT}{6\pi \eta a}}}
  • k :ボルツマン定数
  • T :温度
  • B :移動度
  • η:粘性率
  • a :分子半径

金属

金属などでは、拡散係数D の温度依存性は次のように表される。

D = D 0 exp ( Q R T ) {\displaystyle D=D_{0}\exp \left(-{\frac {Q}{RT}}\right)}

ここでD0 は振動数因子、Q は拡散の活性化エネルギーと呼ばれる。R は気体定数である。

無次元数

流体力学でよく用いられる無次元量のなかで、物質の拡散に関係するものには以下がある:

  • シュミット数 - 動粘性係数と拡散係数D の比
  • ルイス数 - 熱拡散率と拡散係数D の比
  • ペクレ数 - 本来は慣性と熱拡散率の比だが、アナロジーとして慣性と拡散係数D の比をとることがある。

参考文献

関連項目

  • 物理法則一覧
  • 俣野界面
  • カーケンドール効果
  • ダーケンの理論
  • 移動現象論
    • 熱伝導 - 熱の拡散現象であり、濃度を温度と読み替えればフィックの法則と同様のフーリエの法則が成り立つ。
    • 電気伝導

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